長く音楽をやっていると、不思議な場面に出会うことがある。
若いプレイヤーが入ってくる。
リハーサルで良い演奏をする。
バンド全体の空気が少し変わる。
「いいね。」
そんな声があちこちから聞こえたあと、こう続くことがある。
「でも、基礎ができていない。」
「昔はそんな吹き方はしなかった。」
もちろん、それが本当に当てはまる場面もある。
でも、不思議なくらい演奏の話ではなく、その人の話になっていくことがある。
そんな場面を、一度や二度ではなく見てきた。
別の日には、ビッグバンドでギターを弾くベテランが「生音こそ本物なんだ」と話していた。
その考え方自体は好きだった。
フレディ・グリーンのようにアンプに頼らず、バンドの中で自然に鳴るギターに憧れる気持ちもよく分かる。
でも、その人は自分の音が聞こえないから、周りの音量を下げてほしいと言った。
理想を追いかけているはずなのに、いつの間にか周りが自分に合わせることを求め始めていた。
また別の日には、人事の話には誰よりも熱心なのに、「じゃあバンドリーダーをやったらどうですか?」と言われると、一歩引く人もいた。
私は長い間、こういう人たちが理解できなかった。
若い人が嫌いなのだろうか。
新しい演奏が嫌いなのだろうか。
でも、そう考えると説明がつかないことが多かった。
むしろ、自分より下だと思っている相手には、とても親切だったりする。
ある時から、少し違う見方をするようになった。
もしかすると、その人たちが恐れていたのは、若い人ではなかったのかもしれない。
自分が必要とされなくなること。
自分がいなくても困らない未来。
もしそうだとしたら、いろいろなことが繋がる気がした。
「音楽のため。」
「バンドのため。」
「伝統を守るため。」
その言葉に嘘はないのだと思う。
ただ、その「守りたいもの」が、少しずつ入れ替わってしまうことがある。
音楽を守っているつもりが、いつしか自分の立場を守ることになっている。
そんなことは、人間なら誰にでも起こり得る。
一方で、本当に尊敬されるベテランは少し違う。
若い人が育つことを喜ぶ。
自分より上手い人が現れることを歓迎する。
知っていることを惜しまず渡す。
不思議なくらい、自分の席を守ろうとしない。
それでも、その人の席は誰にも奪われない。
その人たちにとって、きっと、席は、守るものではないのだ。
音楽と向き合い、人と向き合い続けた先で、周りが自然と用意してくれるものなのだと思う。
だから時々、自分にも問いかける。
今、自分が守ろうとしているのは、本当に音楽なのか。
それとも、自分の席なのか。