演奏中、新しいお客さんが店に入ってきた。
見たことのない人だった。
入口のあたりで少しキョロキョロしている。
スタッフはまだ気付いていない。
私はベースを弾きながらスタッフの方を見て、軽く首を振った。
スタッフが気付いて対応する。
それだけの話だ。
後から考えると少し不思議だ。
なぜ演奏中にそんなものが見えているのか。
でも、その時は特に何も考えていなかった。
困っていそうな人が見えた。
スタッフはまだ気付いていないようだった。
だから合図した。
それだけだった。
よく「ベーシストは全体を見ている」と言われる。
たしかにそう見えるのかもしれない。
でも、自分ではあまりそんな感覚がない。
むしろ昔は逆だった。
20代の頃、一度怪我で演奏から離れた時期がある。
復帰したのは26〜27歳くらいだった。
復帰直後は、自分のことで精一杯だったと思う。
邪魔しないようにしなきゃ。
迷惑をかけないようにしなきゃ。
ちゃんと弾かなきゃ。
見ていたのは周りではなく自分だった。
ところがホストを始めてから少しずつ変わった。
ありがたいことに私が関わるセッションは初心者が多かった。
曲を見失う人もいる。
フォームが分からなくなる人もいる。
ソロの入り口が分からなくなる人もいる。
そういう場面に何度も立ち会った。
迷いやすい曲というのもある。
8小節、8小節、8小節と来て、なぜか最後だけ9小節あるような曲だ。
ああいう曲は危ない。
だから最初から少し警戒している。
すると案の定、誰かが迷う。
同じフレーズを繰り返し始めたりする。
音量が変わったりする。
そういう時はルートを強調したり、アプローチノートを増やしたりする。
時にはルートだけ弾く。
交通整理だ。
誤解されそうだけれど、誰かを助けようと思っているわけではない。
初心者だから優しくしよう、という話でもない。
単純に、このままだと曲が成立しなくなる。
だから整理する。
結果としてその人も戻ってくる。
ただ、それは目的ではなく結果だ。
もちろん交通整理ではどうにもならない時もある。
ニューオリンズの街を散歩していたはずなのに、気付いたらイエローストーン国立公園にいるようなケースだ。
そこまで行くともう道路標識では解決しない。
次のソロに強引に入ってもらう。
ドラムソロに飛ぶ。
あるいは馬鹿でかい声で「次B!」と叫ぶ。
そんな力技も必要になる。
こうして振り返ると、私は人を見ているようでいて、人そのものを見ているわけではないのかもしれない。
好き嫌いの話でもない。
見ているのは、その人が今どこにいるのかだ。
曲の中で。
場の中で。
流れの中で。
演奏中、私が演奏そのものに使っている意識は3割くらいかもしれない。
残りはプレイヤーの反応を見たり、お客さんの様子を見たり、ライブなら次のMCで何を話そうか考えていたりする。
ベーシストだからなのか。
ホストを長くやったからなのか。
正直よく分からない。
たぶん両方だろう。
ただ一つ分かるのは、私は全体を見ようと思って見ているわけではないということだ。
気付けば、今どこにいるのかを確認する癖がついていただけなのだと思う。