「分かってます。大丈夫です。全力で誤魔化してください」
結婚式の演奏を頼まれた。
それ自体は珍しい話ではない。
ただ、その日は少し事情が違った。
本来演奏する予定だったベーシストがコロナで来られなくなったらしい。
そこで私に連絡が来た。
詳細は何もわからない。「よろしく」「OK」これだけだ。
依頼があったのが当日の午前中。
結婚式というのは午前式、午後式とあるが、この日は両方の依頼。そして午前式は10時頃から始まる。
つまり本番まで時間がない。
礼服を引っ張り出し急いで車に楽器を放り込む。
車での移動中に披露宴ではなく、チャペルでの式そのものだということがわかる。
そして送られてきた楽譜がクラシックの楽譜であることも。
私はクラシックのベーシストではない。
さすがに不安になって、現場で他のミュージシャンに確認した。
「クラシックできないんですけど……」
すると返ってきたのは
「分かってます。大丈夫です。全力で誤魔化してください」
という言葉だった。
なるほど。
そういう依頼だったらしい。
結局その日はなんとか終わった。
もちろん反省点はいくらでもある。
それでも式は無事に終わった。
帰り道だったか、後日だったかは覚えていない。
ただ、その時ふと思った。
そういえば私は、こういうことが妙に多い。
最初にベースを持った時もそうだった。
15歳の頃、友人たちとビッグバンドを作っていた。
私はパーカッション担当だった。
ところがベーシストがいなくなった。
理由は知らない。
むしろこちらが聞きたいくらいだ。
もっとも今となってはどうでもいいことではあるが。
するとバンドリーダーが言った。
「お前やれ」
それが私のベース人生の始まりだった。
別にベースに憧れていたわけではない。
運命的な出会いがあったわけでもない。
単純に、そこが空いた。
だから座った。
それだけなのだ。
10代後半の時には企業パーティーでの演奏依頼が来た。
これが初めてのギャラ仕事だった。
といっても、これも代理だった。
本来出演する予定だったベーシストが来られなくなり、知人経由で声が掛かった。
頼まれたので行った。
それだけである。
その後、20歳で怪我をして一度音楽から離れた。
右手を痛め、思うように弾けなくなった。
治療やリハビリは続けたが、次第に楽器から遠ざかっていった。
気が付けば6年ほど経っていた。
もうベースは弾けないものだと思っていた。
そんな頃だった。
あるビッグバンドのリハーサルで、ベーシストが欠席した。
当時そのバンドを指導していたクラリネット奏者に言われた。
「代わりに弾け」
こちらとしては困る。
まともに弾くことはできないとわかっているのだ。
それでも久しぶりにベースを持ち、Take The A Trainを弾き始めた。かつて何度も弾いた曲だ。身体は覚えていたらしい。
後半のトランペットソロの最中だった。
手が動きを止めた。
「あぁ、やっぱりな」
6年経ってもまともには弾けない。
ところがその人は笑いながら言った。
「なんだ、弾けるじゃないか」
少なくとも、その人には私とは違うものが見えていたらしい。
その出来事をきっかけに、私は再びベースを弾き始めることになる。
振り返ると、その後も代理の仕事は多かった。
ホストの代理。
ライブの代理。
急な欠員の代理。
そしてチャペルでの代理。
ただ、自分ではそれを特別なことだと思ったことはない。
頼まれた。
予定が空いていた。
だから行った。
それだけである。
そういえば最初にベースを持ったのも代理だった。
復帰した時も代理だった。
ある時は代理でチャペルでクラシックを弾いていた。
翌日はフュージョンを演奏し、その翌日はニューオリンズジャズを演奏していた。
こうして並べると代理ばかりだ。
もっとも、自分ではそんなつもりはない。
たまたま予定が空いていた。
それだけの話である。